社長がいなくても回る工場は、
確かな技術を謙虚に主張する
社長がいないと止まる工場は、
謙虚なフリして言い訳する
社長のみなさんは当然のことと思いますが、おとなになっても常に勉強が必要ですよね。つくづくそう思います。
人生半分を過ぎて、慌てて急に勉強し始めても、なかなか入ってきませんし、部屋を出たらもう忘れています。これは程度の問題こそありますが、頭の良しあしに関係なく、経営者・社員と立場に関係なく、だれにでもやってくるイベントではないでしょうか。
あるとき、私の娘と同い年の子の話を聞きました。高校3年生です。
将来は留学してその地域の言語を流暢に話せるスキルを身につけ、海外に住み、グローバルな仕事がしたいという、なんとも将来が楽しみな生徒でした。
受験生ですので、大学選びも当然国際系の学部狙い。子供の数に対して増えすぎた大学。どんなところがあるのか絞り込むのも一苦労かと思いきや、もう1つに絞り込んでいます。
英検はもちろん、TEAP?とか私たちの頃にはなかったような試験もあるようで、大学受験は昔のようにハチマキ巻いて一生懸命勉強すればいいものではなく、どの試験で勝つか、どの教科に時間をかけるか、かなり戦略が必要そうです。
そんな子ですので、私の目から見れば、部活やりながらよくそんな成績を維持できるなーと感心します。
その子の話では、ある人の話がとてもグサッと刺さったというのです。
ある人とは、アメリカで活躍するスポーツ選手に英語を教えているのだとか。そのスポーツ選手の中にはだれもが知っている人も入っていて、そんなすごい英語の先生が、なぜこの子と話をする機会があったのか、それもすごいことですが、その話を真剣に聞き質問もして刺激まで受けている。
まわりのおとな達が受け止めきれないくらいの純粋さです。
何の質問をしたのか聞いてみると、
「自分は英語がしゃべれるようになって、それを生かして仕事をしたくて、それを学ぶことができる大学に行きたいのだけど自信がない・・・」
と聞いてみたそうです。
今まで聞いた話からすると、どれだけできても上を見ればきりがない、とは思いますので、ある意味謙遜のように聞こえます。まして、相手は有名人に英語を教える人。自信あります!とは軽々しく言えないでしょう。
その質問に対し先生の回答は、
「自分の居心地のいいところを作ってしまっている。今抜け出さないとずっとそのレベル止まりだぞ」
と、なんとも、自分のことではないのに聞いているこちらまでハッとさせられるような回答。
このやり取りの前に、その子は、自分が英語が得意なのでそういう仕事がしたいという将来の夢のようなことを語っていたにもかかわらず、質問はその真逆のような話。そのちぐはぐさが、それ以上を目指さなくてもいいという自分に向けた言い訳になっているということでした。
例えて言うなら、
マラソン完走のために毎日しっかり練習してきたのに、スタート前の会話で「レース前なのに走りこみすぎて、後半ちょっと膝に来るかも・・・」
テスト勉強めちゃくちゃしてきたのに、テスト直前の会話で「最近風邪気味で勉強できてないから今日はダメ・・・」
などなど、事前に保険をかけておくようなものですよね。そう言っておけば結果が出なくてもいいと自分に言い聞かせてしまっている状態。
はじめての会話でそれを見抜く先生もすごいし、この話をしっかり解釈して自分のやっていることは「謙遜ではなく言い訳」だったということを自分で言語化している生徒もすばらしい。
おとなとして経営者をやっている自分がいちばん小さく見えます。
そういう自分を棚に上げて言いますが、経営者の集まりでよく聞くフレーズ、
「うちの会社は技術力が自慢」と言いながら、じゃーその技術力を生かして右肩下がりの状況をV字回復させよう、受注数が頭打ちになっているならその技術をバージョンアップさせようという話になると、「でも・・・」「そうは言っても現実には・・・」のように返ってくるのは、なぜできないかという具体的な説明。そしてやろうとする意欲も感じられない。
残念ながら訪問先の企業さんの中にもそのような社長もおられます。しかし、経営者の集まりとのおおきな違いは、「そういう人」が他にいないこと。
もしかしたら高校生も、ずっと謙虚さだと思ってしゃべっていることをそのまま聞いてくれる人がいるままでは、ずっと変わることなく、やらない言い訳を言う訓練をしていることになってしまうでしょう。そこを先生はスパッを切ってくれたわけです。この後どうするかは本人次第ですが、あの子なら少なくともそのような環境は避けるでしょう。
実はおとなである社長も同じで、ずっと「そういう人」とそういう会話を続けていく限り、それは言い訳を正当化することを練習することになっていくことに誰も気づきません。
気付いた人は自然とその場から去ります。居心地が悪くなるからです。
おとなであり経営者である我々は、先ほどの生徒より少なくとも自立していなければいけません。ここでいう自立とは、そういう人の集まりであることを自分で分析できること、そういう場所から自ら離れることができること。経営者ですから先生に言われなくても判断し行動しなければいけません。それができなければ事業もそういうことでしょう。
昔、水泳の元オリンピック選手の講演を聞いたのを思い出しました。
オリンピックに出たいなら、朝から晩まで泳ぎ続け今日の練習は終了となったとき、コーチが「プールが3時間貸し切りになるから泳ぎ放題だぞ」って練習環境を準備してくれた時に喜べないと無理っていう話を思い出しました。
いいわけ無用の世界ですね。ホントは経営者もそういう世界にいるはずです。



