社長がいなくても回る工場は、
AIを工具のようにうまく扱う
社長がいないと止まる工場は、
AI人材を欲しがる
AI活用 ブルーカラー ホワイトカラー 人手不足 役割設計
使い方を教えてもらった生成AIを使ってみた
ある工場のM社長が、こんなことを教えてくれました。
「生成AIの教育をしたら補助金が出るからって、せっかく全社員に受けさせたのに、結局今でも使えるやつはいないよ」
はじめる理由が、「補助金があるから」という典型的な失敗パターンなのですが、今回はIT導入でシステムの費用に対して◯分の◯の補助が出る、というものではなく、教育を受けさせたのにかかった費用に対して補助が出るというものです。
田舎の工場ですので、近くで行われるのは、無料セミナーや公費の入っているどこにでもあるようなセミナーばかり。都会に出なければ受けられないような質の高い講座やセミナーは近くにはありません。受講料も桁が違います。
それを田舎にいるまま受けられる、それが◯割引で、ということになれば、たしかにお得感は感じます。システム導入の場合、失敗すれば使わないシステムの償却や、今まで無かった作業が追加されただけなど、負の遺産が残ってしまうという結果もありますが、セミナーの場合、知識が入りプラスのことはあっても、マイナスになることはありません。活かすことができなかったとしても、それは以前と変わらない状況がそこにあるだけ。社長ががっかりするだけで済みます。
M社長は、せっかくセミナーを受けたんだから、実際に生成AIを使った改善をやってみようというお題を出しました。管理職が集まる会議の中です。
お題は、「作業手順の見直し」。今ある手順書データをAIに見てもらい、管理者が読み込んで確認していたことや、現場でのチェック内容など個人差のあったチェック項目やその合格基準など、生成AIにより叩き台を作成してもらい、誰がチェックしても同じ結果になることを目指しました。
M社長は、社員の目の前で、AIにこう伝えました。
「作業者が、この作業手順書通りに作業しているかチェックしたいので、この作業のチェックリストを作って」
そう入力すると、AIは数十秒でかなりの精度のチェックリストを出力しました。画面を覗き込んでいた社員も「へえ、こんなに簡単にできるんですね」と前のめりです。
この後、M社長はまさかと思うような光景を目にしたのです。
社員の口から、AIに作って欲しい資料が出てきません。
AIを目の前にして何も入力できません。
何を聞けばいいのかわかりません
つい先ほどアウトプットされたチェックリストを、それで間違いがないかひたすら確認するだけです。
M社長は私にこう言いました。
「これはすごい!って驚いていたはずなのに、いざ自分がやるとなると何も入力しないんだよ。高いお金払ってセミナー受けさせたのに・・・。どう思われます?無駄だったんでしょうか」
こう問われて私は「社長、前からわかっていたことじゃないですか」
その時M社長は、とてもがっかりしていた様子ではありましたが、長年モヤモヤしていたものが、すっと腑に落ちた瞬間でもあったようです。
M社長「まっ、補助金で返ってくるからいいにするか。」
となんとか切り替えようとしておられました。
生成AIのもうひとつの機能
「AIを使える人と使えない人で差がつく」
そして、「いち早く業務に取り入れた企業こそが生き残る」とよく言われます。
しかし私は違うことを確信していました。
この差は、AIが来る前からすでにあった。AIによりより明確に可視化された。
AIに何かを答えてもらうには、まず「問い」が必要です。
目の前の仕事を見て「何が問題か」「何を確認すべきか」「何を改善したいか」——その問いがなければAIに入力することもできません。
「困ったことがあったら相談して・・・」
「改善が必要なところは提案して・・・」
など、社長は今まで、社員からの発信を待っていたのではないでしょうか。そしてその発信もなく改善されていない現場を見て、「社員はこの状況に困っていないのか?」「こんなことにも気づかないのか?」と、何も考えずに作業している社員を腹立たしく思っていたことでしょう。
一方で、相談や提案をすることができない社員は、
「社長や上司が話しかけにくいオーラを出している」
「提案しても聞いてくれそうにない」
などと、いいわけを繰り返してきました。
社長や上司は、なんでも言える環境を作ろうと、コミュニケーションを取ろうとしたり、職場の雰囲気の改善になるような取り組みを考えてみたり、いろいろ考えていたと思います。
しかし、このAIの導入によりとても明確に可視化されたことがあります。
それは、
「本当は、何も困っていない。社長に提案したい改善もない」
ということです。
改善を提案するということは、今やっている作業やその前の指導内容を否定することも含まれます。作業者とは、指導者から受けた指導の通りに作業することが正解であったのですから、改善提案は、上司に対しその指示は違います、と言っていることと変わりません。
従って、何も疑問を持たず、粛々と指示を受けた通りに作業することが望まれている環境が出来上がっているのです。
現場が汚れていれば掃除をする、指示があれば動く、言われたことを確実にやる。それがこの人たちの仕事のやり方であり、求められていることでした。
AIはその事実を、ただ可視化しただけ。この社員たちはAIが出てくる以前からずっと「目の前のことに疑問を持つ」「問いを立てる」ということををしていなかったことが明確になったのです。
生成AIは、作業の効率化に非常に役立つツールでありますが、一方で、問題や違和感に自分で気づける人間かどうか、その気づきを言語化できるか、その能力を測る道具でもあるのです。
経営者が見直さなければいけない仕組み
仕事内容を2種類に分けて、ホワイトカラーとブルーカラーと呼ばれることがあります。前者は考えることや言語化することがメインの仕事、後者は実際に手を動かして作業することがメインの仕事です。
何年も前から、ブルーカラーの仕事は機械化・IT化で消える、人件費の安い海外に出ていくと言われてきました。工場内はオートメーション化が進み、人が介在しない現場も多くあります。そしてロボット化も進み、よりその方向に進む。
そして、その環境を管理する側、ホワイトカラーの仕事だけが残り、ブルーカラーの仕事は無くなっていく。
実際に減少していったのは事実ですが、どうしても機械化できない部分、人がやらなければならない部分は残ってしまいます。今後さらに減っていくとは思いますが、逆にこのようなブルーカラーの仕事をする人も急激に減少しています。
それにより多くの工場が人手不足に陥っています。
調べてみたところ、アメリカでは製造業・建設業のブルーカラー賃金上昇率がホワイトカラーを上回り、2024年の製造業求人数は過去最高水準に達しました。日本でも製造業の有効求人倍率は全産業平均の約2倍で推移しています。手を動かせる人間は、世界規模で足りていません。
そして今度はAIが、ホワイトカラーの仕事を代替し始めています。AIに仕事を奪われたホワイトカラー人材は、かといって現場作業ができるわけではありません。
この状況から、人手不足の実態は、頭数はいるのに現場作業をする人がいない、という状況が考えられます。
これは社員の能力の話ではなく、「どのような役割か」という話です。
仕組みを考えるときに大事なこと
「どうすれば社員にAIを使わせられるか」——これは間違った問いです。
問いを立てる習慣のない人間に、AIを渡しても変わりません。研修をしても変わりません。そもそも、そのようなことをやろうと思って工場に就職したのではないはずです。その人たちにAIを使わせようとすること、問いを立てさせようとすること自体が、役割の押し付けになっています。
工場に必要なのは「全員がAIを使える状態」ではありません。それぞれが機能すべき場所に正しく置かれている状態です。
先に仕事があり、仕組みがあり、それができるように指導していく、このような考え方が会社を安定させ、企業の成長には欠かせないことです。
一方で、できることも働く目的もバラバラ、採用自体も困難な限られた社員で回さなければならない工場ではそれがすぐには成立しません。多くの労力と長い時間が必要です。そして、仕組みが出来上がったと思ったら、その仕組みでは役割分担のバランスが取れなくなるような外部環境の大きな変化は必ず訪れます。
生成AIの登場はまさにその一つです。
ブルーカラーをまだ「使われる側」「低賃金で雇う社員」「下の層」と見ている経営者は、今後の戦略を根本から見直す必要があります。その人たちの市場価値は、これから確実に上がっていきます。
工場を「自動稼ぎ装置」に変えるとは、全員を同じレベルに底上げすることではありません。誰が設計し、誰が動くかを明確にした上で、それぞれが最大限に機能する構造を作ることです。
あなたの工場で、「問いを立てられる人間」は今、どこにいますか。現場作業の中に埋もれていませんか。



