「システム導入をしようと思って、ITベンダーさんに相談しているんだけど、結局何から手を付けたらいいかわからないんだよね」
という公共工事に使われる製品を製造する工場の社長の、数年前の言葉です。
公共工事だけあって?、これまで安定的に仕事が受注できていたという社長。しかし近年、人材確保が困難になり、仕事はあるのに人手不足が深刻になって来たようです。
そこで社長の会社でも、省人化のためにIT化に取り組もうと考えられたようです。工場に限らず、様々な職種で人手不足が深刻になりつつあります。
その不足分を補うために、IT化はもちろん、AIやIoT、ロボットの導入など様々な取り組みがあります。
そして、近年はそのようなものに行う投資に対して、国や都道府県などから様々な補助金制度が準備されています。
現場の管理も行っている社長は、この補助金を利用してシステム導入を行おうとITベンダーさんに相談をしました。
相談内容は、「社員間の連絡手段をIT化できないか?」というもの。
ITベンダーさんからの主な提案は、
・グループウェアを使った連絡や具体的な指示と返信
・ホワイトボードで行っている業務計画をPCやスマホ上で行うことができるようにすること
どちらの内容も、社長にはピンと来なかったようです。
今まで口頭で行っていたものを、わざわざPCに入力しなければいけなくなります。
今まで耳で聞けば済んだものを、いちいちスマホを開いて確認しなければいけません。
車で移動しなければならないほど離れているわけでもなく、少し動けば声が届く距離にいるのに、なぜわざわざPCを介して会話しなければいけないのか?・・・
現場からこのような苦情が出るのは確実だと不安になりました。
そしてこのタイミングで、ITベンダーさんからもうひと押しがあります。
それはIT導入を支援する補助金制度の提案です。
システム費やその導入にかかるコンサル費に対し助成があり、本来かかる額の半額から3分の1の額で導入することができます。ものによっては全額補助なども。
経営者も人間です。家電量販店で、期間限定で半額、または70%引、などと書かれていれば、これまで目につかなかったものまでちょっと買ってみようか、という気になってしまいます。それと同じように「審査が通れば、かかった費用の3分の2の補助が出る。来月末日までの申し込みが必要で、予算がなくなり次第受付終了」などと書かれてあれば、それほど必要ではないかもしれないと思っていても、あったらいいなあと思ったモノがお得に手に入るチャンス!と思ってしまいます。
これは非常に大きな落とし穴なのです。
審査が通り、希望のシステム導入が可能になったとき、前述の苦情や心配が現実になる日が近づくのです。
導入のためにITベンダーさんから現場の状況をいろいろ聞かれます。現場の社員が数時間捕まります。現場の状況に合わせシステムの設定を終えると、次はその使い方のトレーニングが始まり、関係者は現場の仕事と並行して、新しいシステムの使い方の特訓が始まります。
この期間、数日では終わりません。そしてある程度使えるようになれば、ITベンダーさんは現場から離れ、自走することになりますが、使ってもらえなくなっていき、入力機器は倉庫へ・・・。
この一連の流れ、多くの工場で発生しています。システムを導入した社長からすれば、高いお金を出して何の身にもならなかった。と将来のシステム導入まで否定的にならざるを得ません。ITベンダーさんからすれば、なぜシステムを使った方がよいということがわからないの?と上から目線です。
社長としては、アレコレ愚痴を言いたくなりますが、システム導入することを決定したのは社長ですので、どうしても責任は社長、ということになってしまいます。
納得いかないですよね。
こうならないために何をすればよかったのでしょうか?
IT導入が目的になっているとか、補助金に目がくらんだとか、突っ込みどころはあるでしょう。
いちばんやらなければならなかったのは、上記の件で言えば、
「社員間の情報伝達手段をIT化できないか?」と思ったのは「なぜ」なのか?
ということです。
この社長は、管理者から作業者への指示がうまく伝わっていないことによるトラブルに不安を抱えていました。このやり取りを何とかしようとして、管理者の教育や作業者の教育を行いましたが、思うような成果は出ませんでした。
そこで、どうしたらいいかわからない中、世の中のIT化の流れにプレッシャーを感じ、手段としてIT化を選んだ、という流れです。
したがって、グループウェアを導入する前に、管理者から作業者への指示の仕方、作業者の指示への対応の仕方など、情報伝達のルールそのものを明確にしておく必要があります。しかしこの工場では、管理者の感覚で指示が出され、作業者はそれに従うしかなかったようです。
その他にも、口頭で指示が出されるため覚えきれない作業者はミスをしたり、
わからないので聞き直したら「何度も同じことを聞くな!」と怒られたり、
やり取りした人以外は誰にもわからないのでその人がいなかったら何もできなかったり、
社長のところに情報が入るときにはもう手遅れだったり・・・、
いろいろと不都合があるようで、その結果、管理者と作業者間のやり取りはギスギスしていました。
情報共有のIT化だからグループウェアを、とITベンダーさんは考えるでしょう。しかし本質的な問題は現場にいないITベンダーさんにはわかりません。この問題にしっかりと向き合った上で、解決手段を選択しなければいけません。もしかしたらグループウェアは必要ではないかもしれないのです。
まずは、形だけのIT導入にならないよう、補助金の誘いに乗らないよう、社内の問題解決につながるものであるかどうかの見極めが必要です。そしてトレーニングすべきは、システムの使い方ではなく、決められた仕事の仕方です。