現在私は、工場経営のための経営コンサルタントをやっていますが、元々は15年前から社長として工場経営をしていて、今でもコンサルティングと並行して行なっています。
工場経営をするにはIT化が絶対的に必要だと思い、2014年からITのことを独学で勉強し、アプリ開発をしたりクラウドサービスを導入したりしました。現在も運用中のものはたくさんあり、導入検討中のものもありますので、まだまだ増えつつあります。
一方で、中小製造業の経営のIT化が進まないとよく言われていて、その理由は、「お金がない」「時間がない」「わかる人がいない」という3つがよく挙げられます。
だんだんと、この言葉が独り歩きして行っているように感じているので、一旦ここでなぜこのように言われているのか考えてみたいと思います。
まずは、「お金がない」から。
ホントにお金ないのでしょうか?お金はないと言いながら、生産能力アップのために生産設備購入していたり、人材不足だからとお金をかけて求人広告を掲載してみたり、何らかの手は打っている企業は多くあります。
対策の効果出ていますか?
ある程度の資金があれば、いろんな対策を打ててしまいます。しかしお金は無限にあるわけではありません。短絡的な対応策にお金を使う前に一旦立ち止まって、予算の割り当て方を熟考すべきです。
結論を言いますと、IT化を進めれば、生産設備を新調しなくても生産能力アップは可能ですし、人材不足の解消にもつながります。
次は、「時間がない」。
時間がないとは具体的には、今在籍している社員の総労働時間の持ち時間に対して、生産業務優先で時間確保し、生産以外の間接業務等を行うと、持ち時間をすべて消化してしまい、IT化をするために割り当てる時間がない、ということになるかと思います。
これへの対策は何がなされているでしょうか?
いちばん多く聞かれる声は、「今は忙しいのでこの仕事が落ち着いたら・・・」「時間に余裕ができたら・・・」。
これも結論から言いますと、この仕事が落ち着いたら、時間に余裕ができたら、という時期は来ることはありません。仮に来るとすれば、不景気になって仕事が減ったとき、生産終了などで受注がなくなってしまったときなど、とにかく仕事がなくならなければ落ち着きません。
景気不景気は繰り返しますので、必ず仕事が減る時期というのは来るものです。いざその時になってIT化を進めるかというとほぼ100%そうではありません。
時間はたくさん生まれるはずなのに、「仕事が減っているのに、今はそれどころではない」「IT化より現場改善が先」という言葉はよく聞いてきました。
また、雇用保険という労働者にも事業主にも優しい制度がありますので、雇用調整助成金というもので社員を休ませれば会社を維持するための資金(補助金)が入ります。社員は休んでいるわけですので、もちろんIT化は進みません。IT化だけでなくすべてがストップしてしまいますので、次に始動するときには能力が落ちた社員による生産が再開され、会社全体としての経営能力も生産能力も落ちているはずです。
最後に「わかる人がいない」。
まず考えてみたいのは、IT化について「わかる人」とはどういう人でしょうか?
よくある回答は、ExcelやPowerPointをうまく使いこなせる人、PCの操作に詳しい人、ネットワークに詳しい人、たくさんのスマホアプリを使いこなしている人、などの言葉が出てきます。
このスキル、そろばんが電卓に変わって計算が早くなった、軽トラックが4トントラックになってたくさん運べるようになった、というレベルであり、社内のIT化を検討、ITツール選定や現場への導入段階では、それらのスキルは全く関係なく、運用が始まって定着し始めてからやっと生きてくるスキルです。
ここで、社内のIT化とは何なのか?を考えてみましょう。
IT化のレベルとして
・デジタイゼーション
・デジタライゼーション
・デジタルトランスフォーメーション
という3段階があります。
デジタイゼーションは、紙に書いてある文字、アナログ情報をデジタル形式にすることで、わざわざExcelに入力したり、PDFを取ったりというものです。面倒くさい作業に見えますが、まずはここからです。
デジタライゼーションとは、次の段階で、デジタル技術を活用して既存の業務プロセスを改善することです。情報はアナログにはせず、初めからデジタル情報として入力、保存し、その後の活用がしやすい状況を作ります。アナログからデジタルに変換するプロセスがないため大幅な業務効率の向上につながりますし、入力されたデジタルデータを分析することでより良い意思決定につなげることができます。
デジタルトランスフォーメーションとは、デジタル技術を活用してビジネスモデルや組織全体を根本的に変革することです。新しい価値を創造し、競争力を高めるための戦略的な取り組みです。
例えば、今まで営業部隊が足で稼いでいた売り上げを、ECサイトを利用して新しいサービスに変換することや、製造現場でIoTデバイスを使用して人の入力だけでは取得できなかった情報を自動取得できるようになり、今まで把握できなかったことが把握できるようになり、有効な現場管理が行うことができるようになることです。
この例は、IT化をすることで働き方やビジネスモデル自体を変革させることにつながっています。
このようにIT化を分類してみたときに、自社ではどんなIT化をしなければならないでしょうか?どのレベルまで進んでいるでしょうか?
また、「わかる人がいない」とは3つのIT化のレベルの何についてわかる人がいないのでしょうか?
デジタイゼーションの段階では、Excelの使い方やPCとコピー機を使ってのPDF保存の仕方がわからなければ進みません。
デジタライゼーションの段階では、たくさんのスマホアプリを使いこなしている人であれば、情報のインプットを紙ではなくPCやスマホに置き換えることはイメージができるかもしれません。
デジタルトランスフォーメーションでは、世の中IT化の進みが早い、と思う場面を思い出してもらったらよいと思うのですが、いろいろな場面でスマホをかざすだけで完結するようになっています。飛行機や電車はスマホで自動改札を通過できます。切符をカチカチしていた時代にこのような状況をイメージできたでしょうか?しかし時期はわかりませんが新しい機能を、新しい社会に取り入れて人々の生活を変えてしまう様な世界をイメージできた人がいたということだと思います。
このように世の中を変えてしまうようなことまで思い至らなかったとしても、自社の将来像として、どのような新しいビジネス展開になるのか、それがITの技術を利用している場面をイメージできるでしょうか?
第一段階として、このように、世の中を俯瞰し機能の使い方を考え、新しい世界をイメージできる人が「わかる人」と言えるのではないでしょうか。
自動改札をスマホで通過できるようになったのは、IT企業やITがわかる人だけの力で出来上がったのではありません。
IT企業の他に、自動改札機を製造するメーカー、自動改札機を導入する航空会社や鉄道会社の、お客さんを安全にスピーディーに改札を通過してもらうという知識と技術、ノウハウがあって初めて出来上がるのです。
私はむしろIT企業より航空会社や鉄道会社の新しい世の中を構築する「パワー」の方が重要だと考えています。
これを工場経営に置き換えたとき、工場経営のIT化には、工場経営をする人、工場の現場を動かす人の知識と技術、ノウハウをはじめとするパワーが必要なのです。
IT化すればこんなビジネスができそう、こんな業務の進め方に変革できそう、などというイメージ力がとても必要で、これまで積み上げてきた知識と技術、ノウハウがそのベースになければならないと考えています。
そしてIT屋さんにお願いするときに、自社ではこんなビジネスをやりたい、今のこの業務をこんな業務プロセスに変革したい!と明確に説明できるようになることがとても重要で、IT化するプロセスや機能的なことは、IT屋さんにお願いすればいいのです。
「お金がない」「時間がない」「わかる人がいない」を解決してIT化をしようと考えた時、○○補助金等を利用すれば、少ない資金で始めることができ、ITベンダーにぶん投げれば、「時間がない」ことと「わかる人がいない」ことが形式的に解決し、IT化したという状態にはなります。
しかしこの3つを無理やり解決しても、有効に活用されるIT化はできません。 IT化の実現に必要なのは、実はその部分の解決ではなく、ITツールを使うかどうかに関わらず、自社の将来のビジネスモデルや業務の仕組みなどをイメージできるかどうかにあるのです。
あなたは社長として、自社のビジネスの将来像についてイメージができていますか?
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