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82. 後継者が知るべき歴史の教訓

社長がいなくても回る工場は、
泥臭い現実を直視する
社長がいないと止まる工場は、
常識に当てはめようとする

頭脳明晰で高学歴、誰もが知る世界的なメーカーの開発部門に入社した息子Aさん。15年間修行を積み、実家の工場に後継者として帰った時の話を、ある社長から、聞きました。

このような経歴、道筋で後継者として帰ってくるというのは、親御さんも安心でしょうし、そこで働く社員のみなさんも将来を感じることができ、心強いことでしょう。私はそのような経歴もなく、ただ「長男」というだけで後を継いだといっても過言ではありませんので、羨ましい限りです。

そのような「後継者エリート」にも落とし穴がありました。

 

ものづくりの最先端を知る後継者Aさん。知識も技術も世界レベルの最先端を知っています。そして誰よりも実績を積んできた自信もあります。

まずは工場を見渡し、状況を把握しました。パッと見で、あれこれやりたいこと、やるべきことが見えてきます。

そして一番目についたのは、全社員に事細かく作業の指示をして回る先代社長。その指示があるまで待っている、自ら動こうとしない社員。こんな状態では、ものづくりの楽しさなんてわかるはずがない。そう思い、自ら現場に入っていきました。

生産ラインに問題があれば、自ら現場で手を動かし問題を解決していきます。そして、次々と作業者に指示。社員のスキルアップもしなければと、現場の分析手法、生産ラインの構築の仕方、工数削減方法、設備の修繕方法、品質管理に関することなどなど、次々と指導していきました。

しばらくして、現場が順調に回り始めた頃、現場を回すことにも慣れてきました。「これだけ順調に回っていれば」「あれだけ指導したんだから」と、社員が自分たちだけで考えればできるだろうと、生産の段取りから生産ラインの改善など、全てを社員自ら考えて実行してもらおうと、現場に指示をすることをやめ、社員に任せることにしました。これまでAさんが仕切っていた会議も、社員に任せました。トラブルがあった時の初期対応や対策案も任せました。

すると、これまでの状況とは一変。あっという間に、日々の生産能力が落ちていきました。それに対して原因究明、対策案を出してもらいますが、どれも納得がいきません。しかし、社員に任せたのだから、今口を出せば社員が育たない、とそのまま任せた結果、ついに納期遅れが発生。下がった生産能力に対する処置も悪かったため、製品品質に影響が出てしまい、良品率は下がり、手直し作業も増え、ドミノ倒しのようにさまざまなところに影響が広がっていきます。

「あんなに教えたのに、あんなに変えたのに」
「一度やったことあるんだから同じことすればいいのに」
「ちょっと考えればわかるだろう!」

社員を集めて会議をしても、誰からも意見は出てこない。Aさんがいろいろ説明しますが、話をすればするほど、社員はみんな無表情になっていき、何をすれば良いのかわかっていない、それどころかこの時間がすぎるのを待っているかのような様子。
前の会社なら、関係者全員が集まってみんなで案を出し、問題が解決するまで対策を考え、帰るのは日をまたぐこともしばしば。会社のためになんでもした。しかし、この工場の社員は、終わっていない生産があっても、定時になれば当たり前のように帰っていく。だれもこの会社のことなんか考えていない。やる気もない。根性もない。

Aさんは完全に手詰まりです。

 

お盆休みで終戦のことがさまざまなメディアで取り上げられ、この時期は歴史からさまざまなことに気付かされる機会に、毎年なっているのですが、後継者Aさんの状況、ある国で起こった出来事ととてもよく似ていることに、気がつきました。

国を守るには国民の人権より国が優先。国民は強権政治による恐怖で支配され、国に言われたことしかできない。ものづくりは国が決めた数だけ作り、誰がどんな作業をしていようと、給与は変わらない。自分の考えを言おうとすれば捕まり消される。

そのような国に、外から突如として、民主的な政治、自由な経済などよそのルールが持ち込まれました。
国民の権利を優先する民主的な国づくり、といえば聞こえはいいのですが、それまで、自由に物を作ったりしたこともなければ、自由に売り買いすることもできず、自分の考えを主張することもできないで国中が混乱する。そして、昔のように独裁者のようなトップに強権的に支配され、やることが制限されても、何も考えなくてもいい方に戻っていく、という我々には考えられない、まさかそれでいいの?という方向へ進んで行きました。

こんな国の成り立ち、歴史を知る機会がありました。

これは、まさに後継者Aさんが経験している、まさかそれでいいの?という状況と全く変わりません。
Aさんは、まさに15年間の経験を正しい世界だと位置付けて外から持ち込んだ側なのです。

指示されるままの社員。指示される方が楽という社員。一見、こんな会社問題ありとは思います。しかし、先ほどの国の成り立ちと比較した時、自分たちで考える、自分たちで行動するというのは、それだけの、知識や技術を身につける必要があり、そして責任が伴います。失敗すれば厳しく言われる、降格される、減給されるなどのような制裁があれば、それは、社員は自分の考えを言わない方がいい、自分の思ったように行動しない方がいい、言われたとおりにしておいた方が守られます。これは、やる気がないとかそういうことではなく、彼らが生存していくための限られた戦略なんです。その環境が一気に奪われれば、「先代の時はよかった」と言って退職するものが出てきます。

 

後継者Aさんがやったように、自ら現場に入って問題を解決していく、指導、教育をして社員が知識や技術を身につけていく、そのような過程は必要です。
そして、工場の生産能力、企業の成長力をつけるには、社長や後継者だけががんばってもすぐに頭打ちです。社員ひとりひとりの成長は欠かせません。

しかし、Aさんは社員の成長、会社のレベルが見えていません。ここが大きな失敗です。この状態では「任せた」のではなく「丸投げ」です。

そして、Aさんが先代のやり方に不満を持つのは仕方がありません。しかし、誰しも過去があり現在に至っています。Aさんがいた世界的なメーカーの社員のそこに至るまでの経験と、実家の工場で働いている社員のみなさんのそれとは全く異なるものです。Aさんが目指すのは前者かもしれませんが、目指しても良いですが、それだけが正解ではありません。人の生き方に正解はないのです。

したがって、現在の状況を見て、過去のことまで遡って想像し、それを受け入れられるようでなければ、Aさんはいつまで経ってもこの問題を解決することはできないでしょう。

Aさんが学ぶべきことはたくさんあります。
それを先代から学ぶのか、外から学ぶのか、社員から学ぶのか、三者三様全く異なる立場でモノを言うでしょう。直接タイムリーに言われるのか、遠回しに後になってから言われるのか、いなくなってから気づくのか、これら全てAさんにとって重要な学びです。

その学びを、順序よく実行していくのが経営です。Aさんは優秀な技術者であり管理者かもしれませんが、まだ、経営者ではありません。

 

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