「製造業」と聞くとみなさんはどのようなイメージをお持ちでしょうか?
商品開発をして図面を書いて、材料を集めて加工して組み立てて、それをお客さんに販売する、というイメージでしょうか。
それとも、重くて大きな金属を油まみれになって暗いところで加工している、という感じでしょうか?
1日中、細かい作業をしてコツコツと同じものを作っていく根気のいる仕事?
どれも正解です。
製造業とひとくくりにしても、作るものが変われば現場の様子も大きく変わります。
他の業種に比べ長い製造業のバリューチェーンの、複雑なサプライチェーンの中に一つの工場がある、という説明がよいでしょうか。多くの企業、工場が大小様々な役割を担い、それがチェーンのように連鎖しつながって、ようやくひとつの製品が出来上がります。
ある会社でバリューチェーンの話をしたときに、以前、新卒で製造業に入社した直後の若者の話を思い出しましたのでご紹介します。
社長と工場長が、若者の認識にドキッとさせられた話です。
新卒社員のその若者は、工場で仕事をすることに将来の希望を持って入社した、とてもやる気のある、そして頭のキレる若者でした。
その年は数年ぶりの新卒入社で、同期はおらず、新卒入社は自分だけでした。
入社直後のオリエンテーションで、この会社がどのようなものを作っているのか、どのような部署があってどのような役割の仕事が行われているのか、ひと通り説明を受け、数日後、金属加工の製造現場に入ったそうです。
広い工場の中に大きな設備がたくさん並び、設備の数に対してかなり少ない作業者がチラホラ。
先輩社員から作業指導を受け、数か月後には複数台を同時に稼働できるようになっていました。
周りの社員からは「覚えが早い」「どんな作業でも対応できる」と高評価でした。
社長、工場長からも同じように良い評価で、物事は順調に行っているとだれもが思っていました。
昭和の高度成長時代から続いている工場です。ベテラン社員も多く、自分の技術をこの若者に引き継ぎたいと思うようになります。
しかしこの後、社長と工場長は、この若者の主張にドキッとさせられるのです。
若者の主張はこうです。
「あのおばさんは、自分より年齢も社歴も長いのに、なぜ自分と同じような仕事しかしていないんですか?自分もそれくらいの年齢になっても、あのおばさんと同じことしかしてないんでしょうか?」
というもの。
社長と工場長は、これまで言われたことのない若者の言葉に、ものすごい勢いで主張されたかのように感じたようでしたが、当の本人は、ただの会話、ちょっと聞いてみたかっただけだったようです。
おばさんは、長年製造現場で働くパートさんです。若者もそれはわかっていて「そういう働き方をする人なんだ」という理解をしていたそうです。
しかし、若者の言葉を聞いた社長と工場長は、「ただ金属加工機を動かすだけの仕事に飽きて辞めてしまうんじゃないか」と思ったそうです。
今まで多くの人が入社しては辞めていくのを繰り返していて、何か対策はないものかと考えていた最中。ドキッとするのも無理はありません。
長年働いてきた人たちにとって、「工場では、加工機を稼働させてモノを作るのが仕事」という認識しか持っておらず、それ以外の作業を社員にやってもらうという感覚がなかったようです。
よくよく考えてみると、自分たちは、ベテラン社員になるまで20年、30年と何も考えることもなく加工機を動かすことしかしていなかった、若者にも同じ20年を歩ませようとしていたのではないかと気付いたのでした。
そして、これをキッカケに、「入社した社員の10年後、20年後」を考えなければならないと考え、業務の洗い出しを行い、難易度を付け、若いうちに何からはじめて10年後にはこんな技術を身に付けていてほしい、そのような仕組みを構築し始めました。
このようなことは、人事評価の仕組みがないところではありがちな話で、若者だけが退職していく典型的な会社の状況です。
離職率が低い、社歴が長い社員がいる、という環境は、社内は安定すると思われますが、実は「新陳代謝がない会社」ということにもなりかねないばかりか、ベテラン社員だけがずっと居座る若者が居づらい会社になっていくリスクも持ち合わせています。
そうすると、世の中は変わっていっているのに、昔からいる社員の居心地の良さが会社のルールになってしまい、昭和のルールや仕組みが依然として残ってしまう。そしてだれもその仕組みを変えることができない、若者は育たない、若者は入って来ない、という負のループに陥ってしまうのです。
したがって、離職率が低いことを一概に良いこととは言えず、離職率が高くても低くても、なぜそのような数字が出てくるのかを考えなければいけません。
あなたの会社は、良い会社ですか?それとも居心地の良い会社ですか?
現在若者は、加工機の稼働以外に、ITスキルを身に付け、工場のDX化の先頭に立って活躍してくれているようです。
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